目の前のことをやり続けていたら、マーケティング組織のトップにいた話

未来は自分次第、目の前の問題を大切にしたら人生面白くなった

独自のインハウスマーケティング組織を持つレバレジーズ。今回はその組織のトップであるマーケティング部、部長の松原さんにインタビューしました。フリーターから1000人規模企業のマーケティング組織を引きいる立場になった彼が考えるキャリアとは。(聞き手:名井)

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インタビューした人

松原(Matsubara)
マーケティング部 部長

プロフィール

 高校卒業と同時に上京。大手メディア企業を経て、2013年レバレジーズに中途入社。現マーケティング部 部長として、レバレジーズのメディア全体の戦略責任を背負いながら、新卒の育成や情報流通の仕組み作りなど、組織が高いパフォーマンスを発揮するための環境整備の全体統括を行っている。同時に「タスクフォース」と呼ばれる、社内のスペシャリストを集めたR&Dユニットを束ね、全社を先駆けた最新テクノロジーの導入とその後の実務へのアジャストを取り仕切る。

フリーターからのし上がって見えたマーケティングという世界

高校卒業後に、上京されたと聞きましたが。

 はい。僕は鹿児島県の離島出身で、18年間島ぐらしの反動で思いきり東側の都会に行きたかったんです。東京の印刷会社に就職して、タバコのフィルターを印刷する仕事をしていました。でも労働環境に耐えられず3ヶ月程で辞め、島に帰る気にもならず、フラフラと1年間くらいフリーターをやってたんです。その時に求人雑誌で大手メディア企業のアルバイト求人を見つけて、運良く働けることとなりました。 最初は中古車販売の雑誌を扱う部署で、撮影のテレアポをひたすらやっていました。

3ヶ月で職を失う... 想像もしなかった事態ですね。

 はい、ただこれが幸いでした。新しく入った職場に、当時まだ高価だったMacが配備されていたのです。「これは面白いものがあるぞ」と思い、デザインソフトの教科書を買って昼休みや業務時間後に独学で勉強していました。するとある日、広告系部署のマネージャーが「別の事業部で広告制作のアルバイトを募集しているから面接を受けてこい」と異動の仲介をしてくれたんです。「昼休みにランチにも行かず、必死にMac触って何か作っているテレアポのアルバイト」を、ちょっとおもしろいと思ってくれたんでしょうね。

 しかし、いざ面接に行ったら異動先の部署の部長が待ち構えてて、作ったものを片っ端からすべてダメ出しされました。眉間にシワを寄せて「なんだこの独りよがりの成果物は」って。本当に作ったもの全部ダメだった。それでも面接の最後に「おまえはもっと良いものを見てちゃんと考えないとダメだ、ここで勉強しろ」という言葉をいただき、無事に異動することとなりました。

 異動後は半年ほど広告ディレクターのアシスタントを経験し、雑誌の創刊や、外部の制作会社に発注している記事の進行管理なども担当させてもらえました。
 このときに「アルバイトながらいろいろな仕事を任せてもらえるのは、Macを使える奴だからなのではないか?」と思ったんです。そこでバイト収入を全部使って会社と同じMacとデザインソフトを自宅に揃え、htmlやcssも書いてみたり、一眼レフを買って自分で画像補正してみたりと、学習に対して投資し続けるようになりました。
 異動して1年経ったころには、自分が広告ディレクターとしてコピーを考え、デザインして顧客に提案するポジションになり、その後、成果も出したということで社員に登用されました。

目の前のことをやる中で仕事の幅が広がっている感じですね。

 後から見ればそうなのですが、当時はとにかく生き残ることに必死だった感覚しかないです。大手企業だけあって社員は一流大学卒のエリートばっかりですし。どうすれば自分が価値を出せるのか毎日悩んでいた気がします。しかし結局、手元の仕事で良い成果を出さないと未来は変わらないわけなので、自分を強くしていくしかなかったんですよね。

ディレクターから、現在にも繋がるマーケターというキャリアへはどのように移って行ったのでしょうか。

 きっかけは、広告以外の集客方法に触れた事です。広告ディレクターを数年やったのち、ディレクター育ちの企画職がほしいという理由で、商品設計の部署に異動することになりました。そこで「WEBサービスなのに、デジタル広告よりも人間が直接サービスを売り込むほうが集客の費用対効果が良い」という状況に出会ったのです。広告制作で育った自分には衝撃でした。しかし同時に「こんな世界もあるのか!」と、ワクワクしました。その時からマーケティングに興味を持ち、勉強をはじめました。前職では上司の推薦でグロービスに社費で通える制度があり、それに滑り込ませてもらうなど、土日はほとんど勉強していたと思います。数年後に仕事が一区切りしたタイミングで、マーケターとしてのキャリアを歩むことにしました。

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仕事の全ては問題解決、自分が解決できるんだったらやる

レバレジーズを選んだ背景があれば教えてください。

 もともとフリーターから叩き上げで進んできたキャリアなので、実力主義で不確定要素が多いベンチャー系のほうが性格的に向いていると考えました。
 いわゆるメガベンチャーもいくつか見たのですが、どうも大きすぎるし、働いている人もちょっと固い感じでワクワクしない。そんな中でレバレジーズは、インハウスでマーケティング組織を持っているという点で「本気でマーケティングやるぞ」という意志を感じましたし、社員の雰囲気が程よくゆるく「ああ、ここなら気負わずにやっていけそうだな」と感じて入社することにしました。

レバレジーズではどんなキャリアを歩んでいるのでしょうか。

 最初はWEBディレクターです。オウンドメディアの改善ディレクションをやっていました。サイトのアクセス解析をして、効果を改善する仕事です。当時はABテストも導入していない状況だったので、良さそうなABテストツールを見つけてきて「ABテストというものをやったほうが良いと思う。ちなみにこのツールを使いたいのでサイトにタグを埋めたい」という提案をしました。するとエンジニアがツール概要を調べて、翌日には使えるようにしてくれたんです。前職とスピード感が違いすぎてびっくりしました。ABテストで成果がでると、翌週くらいには「このツールを全メディアで採用します」という意思決定がされていました。「これがベンチャー企業のアジリティか」と感動したのを覚えています。 しばらくディレクターを続け、入社2年目に主幹事業のマーケティング戦略を考える責任者になって、ブランドの再編を行いました。これがいまのレバテックです。さらに1年後、今の役職に就いています。

マーケティングの世界を目指して、2年で部長に。仕事をする中で大事にしていたことはありますか。

 レバレジーズに入社してから特に意識している事は、問題解決をすることです。マーケティングに限らず、すべての仕事は問題解決につながると考えています。
 面白い仕事をしようと思ったら、まず目の前の問題を解けばいい。すると次の問題が見えてくるので、それを解く。繰り返せばどんどん難しくて面白い問題がやってきます。難しい問題を解くには、知識も技術も仲間も必要ですから、問題解決にフォーカスしていれば自然といろいろ手に入ると考えています。

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未来は自分の行動次第、だからイマに取り組む

マーケターよりマネジメントとしてのキャリアが長いですが、そこはどう捉えていますか。

 マネジメントでもプレイヤーでも、マーケティングをやっている事は変わらないので、あまり気にしていないですね。僕は目の前に解決すべき問題があるのであれば、その時解ける人が解くべきという考え方なので、たまたま今マーケティング部の部長というポジションの問題を僕が解けそうだから部長をやっているだけという感覚です。仮に「明日から採用をやって下さい」って言われても多分やりますし、自分に解決ができる問題がそこにあるのであれば、ポジションに拘りはないですね。

松原さんの目の前のことをやるというスタンスはどこから出てくるんですか。

 「自分の行動で人生が良くなってきている」と思ってるからじゃないですかね。フリーターから始まって、自分なりに必死にやってるうちに運良くいろんな人に出会い、経験値を増やせて、今がある感じ。運に恵まれた部分が多いから、自分が異常な努力を積み重ねて来たとは全く思ってないのですが、逆に運だけとは思っていないんです。その時々にやってきた、Macの勉強だったりグロービスに行くだったり、転職の決断だったりという行動が、自分の道を作ってきたという自負があります。

 結局、自分の未来を変えようと思ったら今やっていることが一番具体的な未来ですからね。今日明日でやることを無視して、勝手に5年後の自分が変わってるとは思えないんですよ。だから今目の前にある問題を大事にしてるんだと思います。

最後に、松原さんの今後の目標について教えてもらえますか。

 ひとつはレバレジーズというこの集団が、このままどこまで行くかを見届けたい。僕が入社した時に比べて売り上げ規模も4倍以上、人の数もどんどん増えています。軸となる事業も増え海外進出も本格的に始まりました。どこまでカルチャーを維持したまま行けるのか挑戦したいです。今のまま変に大企業っぽくならずに、ピラミッドじゃなくて横に広がり続けるといいなと思ってます。あと、マーケティングがすごい企業として真っ先に名前があがるようにしたいですね。

 もうひとつは個人的な目標。自分の出身地である鹿児島県の離島、種子島に貢献したい。 地方の衰退は本当に深刻で、人口構成を見ると僕の出身地は将来消滅すると思っています。この地方衰退というメガトレンドに逆らいたい。これはいわゆる地元愛ではなくて、責任みたいなものです。実は僕、中学の時に父親が心筋梗塞でパタッと亡くなってしまい、兄弟も多く貧しい家庭だったので鹿児島県の制度で高校の学費を減免してもらっているんですよ。
 つまり税金をつかって高校に行かせてもらったことが今の人生につながって、マーケティングの仕事をしているわけです。たまたまマーケティングは人の意思決定とお金を動かす事ができる仕事なので、面白い人生を歩むきっかけをもらった分、何かの形で還元しないといけないと思っています。