役員・事業部長ってどんな人?【vol.2:レバレジーズメディカルケア株式会社 取締役 溝口さん】
ひと
遠く感じてしまうかもしれない役員や部長陣が日頃考えていることや、これまでのキャリア、知られざるエピソードなどを伝える「役員・事業部長ってどんな人?」シリーズ。vol.2では、レバレジーズメディカルケア株式会社の取締役であり、ケア事業部の部長としても活躍している溝口さんに、前職から今までの経験、これからの展望について聞きました。(ライター:河)
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溝口(Mizoguchi)
レバレジーズメディカルケア株式会社 取締役 兼 ケア事業本部 本部長2007年にレバレジーズ中途入社。SES事業(現レバテック株式会社)配属後、営業責任者として大阪支店へ赴任。2009年にメディカル事業本部の立ち上げ責任者として、年商20億まで成長させ、新規事業検討室へ異動。2016年にケア事業部本部を立ち上げ、責任者となる。2018年のレバレジーズメディカルケア株式会社の設立を期に取締役に就任。医療・介護領域の全事業統括をしながら、ケア事業本部長として営業・マーケティング・システムなど事業領域も兼務。趣味はゴルフと、格闘技観戦。
自分に対する懐疑感から始まったレバレジーズとの出会い
レバレジーズに入社する前の仕事について教えてください。
僕は車やバイクが好きで、高校卒業後に自動車板金塗装・整備会社で働いていました。シンプルな理由ですよね。仕事が終われば定時に帰って、友だちと遊んで、また仕事に行って……その繰り返しでした。当時の僕にとって仕事は、お金を稼ぐための方法でしかなかったんです。そんな生活を3年ほどした頃ですかね、先輩たちを見ていたら彼らは365日同じ生活をしていると思ったんです。仕事の内容に大きな変化があるわけではないので、毎日同じような作業をして、仕事が終われば遊びに行く。ふと「俺これずっとこのままで良いのかな」と漠然とした不安に駆られたんですよね。
レバレジーズに入社するまでの経緯を教えてください。
僕が転職を考えたのはIT系のベンチャー企業が出始めた2007年頃です。若い人たちが自ら事業をつくり、頑張っている姿がメディアでもよく取り上げられている時期でした。自分が経験していなくても、チャレンジさせてくれるような環境と、事業の将来性の2つを軸に転職活動をしましたね。岩槻さんには未経験の異業種でも飛び込もうとする姿勢を評価していただき、入社することになりました。当時はまだ社内に10人ぐらいの小さな会社だったし、経験より一緒に会社をつくっていけそうな人材を求めていたからだと思います。それは1000人規模になった今も変わりはないですね。
チャレンジと失敗の連続が自分を成長させる
未経験の業界でしたが入社後はいかがでしたか?
最初は仕事をして定時に帰るだけでした(笑)。ですが、会社を良くしていこうとする先輩たちをみているうちに、自分が会社をつくる一員であることを自覚するようになりました。でも環境に恵まれていたんだと思います。「どうすればここを改善できるか」「どうすればこの問題を解決できるか」と試行錯誤していくうちに、段々仕事が面白くなっていったんですよ。レバに入社してようやく仕事の面白さに気づけたと思います。全員が一生懸命に会社のことを考え、夜な夜な非常階段で語り合うほど仕事に熱心でした。
入社後はどんな仕事をしていましたか?
入社して1年後はレバテックの大阪支店を立ち上げ、さらにその1年半年後、看護師の人材紹介事業を始めることになりました。人材紹介はもちろん、医療分野は全くの未経験で、医療に関する知識を身につけるところからスタートでした。取引先の開拓から人材の採用、求職者との面談もすべて自分でやっていましたね。
支店を展開しながら、体制として各アクション毎の遷移率を数値化して進捗管理し、ボトルネックになっている営業プロセスを可視化しました。そのおかげで営業マネジメントがしやすくなりましたね。改善すべき部分が数値として見えると、属人化されにくいんです。個々人の能力による影響が少ないので、事業を拡大しても失敗する確率が低いんですよね。
当時は広告を外部に発注したり、求人を他社の媒体に掲載したりしていましたが、この時初めて社内で求職サイト「看護のお仕事」を一からつくることに挑戦したんです。それからインハウス体制が本格的になっていきましたね。
仕事で失敗したことはありますか?
たくさんありますよ。一番記憶に残っているのはメディカル事業部の部長で100人ほどマネジメントしていた頃です。それぞれの立場や状況が違うことを配慮しすぎたせいで、チームや支店間での認識のズレが発生して問題になったことがあります。マネジメントについて改めて考えさせられましたね。組織を一体化するためには、組織としての方針を示し、それらを社員たちに伝えて理解してもらうことが大事であると痛感しました。
看護師の人材紹介事業がある程度の規模になってからは、新規事業検討室に配属されました。知っている人は少ないと思いますが、沖縄でWebの広告代理店を展開して失敗したことも、新規事業について大きな学びになっています。市場に競合が少なく、地方でも少しずつ広告代理店の企業が伸びていた時期だったので、沖縄で始めたいと岩槻さんに提案しました。しかし、Web広告が沖縄では浸透していなかったため、ニーズがなくて半年ぐらいで事業を畳んで東京に戻りましたね。マーケットがないところに自分のウォンツだけでやっていても収益化は難しいということを痛感しました。それから様々な角度からマーケットを見るようになりましたし、市場をただ調査をするだけではなく、どんな観点から展開可否を決めるか考えるきっかけにもなりましたね。
立場が変わって自分自身で変わったと感じる部分はありますか?
会社が大きくなっていっても、自分の心構えという部分では変わっていないです。会社とともに自分の成長を感じますね。そのぶん、役割も増えていきます。会社において役割は、与えられるものではなく、自分でつくっていくものだと思います。それが自分のキャリアにもつながるのではないですかね。自分にできることを頑張るだけではなく、誰かがやっていることを、自分にもできるようにすることで必然とキャリアは形成されていくと思います。
働き方という部分での変化があったとすれば、仕事の抽象度が高くなったことですかね。やはり事業全体の課題解決に向けて動くので、具体的なアクションを指示することが少ないんです。抽象度が高い分、依頼した仕事が思った通りのものが、あがってこないことももちろんあります。自分の伝え方や現場理解を含め、どうブラッシュアップしていくかが大切だと思いますね。これは部下や自分自身の成長にもつながると思っています。
今感じる課題はなんですか?
仕事が楽しめる環境をつくることですね。やっていることそのものが楽しいから「楽しい」と感じるものではなくて、ポジションや業務内容は違えど、仕事をして「楽しい=やりがい」と思えれば業務の生産性も上がるし自然と良い会社になると思うんです。新卒の新入社員との1on1でもよく話していることですが、仕事の意義より、仕事の楽しみ方を見つけるように伝えています。仕事が楽しめるようになると、どんどん新しいことへのチャレンジも見えてくると思うんです。今のレバレジーズは新しいことに挑戦できる環境があるので悩まず仕事に向き合ってみてほしいです。僕は仕事をゲームに近い感覚で楽しみながらやっています。規模が大きくなれば組織づくりも難しくなりますが、どんどん変わっていくのをみるのは本当に楽しいしやりがいを感じるんです。だから仕事を選ばず、まずは取り組みながら仕事の楽しさを見出してほしいですね。
会社の主役として活躍するのは難しいことじゃない
今後の展望について教えてください。
僕も未経験でレバレジーズに入って事業をつくるという経験をさせていただいたので、事業がつくれる若手を増やせる支援をしていきたいと考えています。事業をつくりたいという若手に、自分の経験を活かしてアドバイスができると思ってるんですよね。土台をつくって事業がある程度安定したら、事業そのものを若手の経営者に引き継いで仕事を回してもらうような感じです。上手くいけばそのまま独立という循環を生み出すような仕事をしてみたいです。事業をつくり、運営していくことに挑戦しやすい状況をつくりたいですね。
レバレジーズのみなさんに伝えたいことはありますか?
新しいことを始めることが、レバレジーズでは難しいことではないんです。新規事業に例えるなら、マーケットを調査して市場に可能性さえあれば、代表は年次にかかわらず提案を真面目に考えてくれます。自分の提案が社会に貢献でき、かつ会社の理念に沿うものなら新規事業として展開し、責任者として活躍することもできるんです。成功事例をつくっていけば自信もついてくると思いますね。もちろん事業だけではありません。自分を取り巻く環境にも言えることで、改善していくことでより働きやすくなるし、すれば会社に売上として貢献することもできます。なので、能動的に動いてほしいと思いますね。チャンスはどこにでもあるんです。あなたの小さな行動が、会社の主役として活躍する第一歩になるでしょう。